湖国探遊記

滋賀の歴史や文化を中心に、たまにそれ以外も

新年なので書初めならぬ書き初めに今年の目標など

気がつけばもう新年で、去年の年明けに戻ってしまったかの様な感じがするくらい瞬く間に一年が過ぎてしまいました。

去年の心残りと言えば、滋賀を巡りに巡ったのですがまだ何かつかみ切れていないことです。

えたいの知れぬ魅力と白州正子が言った通り、やはり簡単には分かり難く思えます。

 

ただ、いくつかのとっかかりも見えてきた感じもしました。

  • 日本の大動脈であったこと
  • 文化を支える豊富な資源があったこと
  • 水源地などが文化の始まりになっていること
  • 多様な文化が今に受け継がれていること

例えば上の4つが大きくあり、つまり滋賀が日本文化を下支えしてきたと総じて見えてきました。

この辺りをまだ具体的に言葉で説明できないのですが、実感としては確かに思えます。

 

なので、今年の目標としてはこの滋賀の魅力を少しでも言語化していきたいです。

また、そうした文化におけるものの見方が科学の見方とどの様に交わるのか、これはさらに難題で遥かに時間が掛かりますが念頭に置きつつ考えていきたいと思います。

大津絵の名残

秋の藤娘

大津絵は、詳しく説明しようとするとややこしくドツボにはまる絵画の一種です。

例えばその歴史は、まず仏画に始まり、より世俗的な画題で土産物として発展するも後に衰退し、大正頃から民芸品などとして文化人に再評価され、今は伝統工芸と数奇な運命を辿っています。

しかも伝統的な流派も無く、担い手も無名だったり変わったりしているのです。

なので、大津絵は具体的な絵というより抽象的なコンテンツの一種に思えます。

その様な格式の無さからか、絵にも独特の緩さがあり大津絵の大きな魅力です。

また、浜大津の周辺には写真の様な大津絵縁のものがありその名残を伝えています。

(撮影日時2020年11月17日)

太郎坊宮の夫婦岩

巨岩の裂け目

巨石信仰というのは、日本の信仰文化における重要な特徴の1つです。

滋賀にも信仰を集める巨石が沢山あり、太郎坊宮の夫婦岩は中でも指折りだと思います。

悪い心の持ち主が通ると挟まれるとの言い伝えもある様に、分かたれた岩は何れも非常に大きく、その隙間は圧を感じる程狭く伝説が生まれるのも納得です。

そして、その隙間を通ると本殿があり開けているので辺りを一望することが出来ます。

この緩急の付け方も、やはり太郎坊の面白い所です。

(撮影日時2019年11月24日)

瀬田川の鴨たち

日暮れの鴨たち

琵琶湖と瀬田川の境目は何処なのだろうか、ふとした時に考えてしまいます。

おそらくこの辺ではと思う所を散歩していると、夕暮れの光で良い感じになった鴨たちがいたので思わず撮ってみました。

琵琶湖にはこの様な水鳥がそこかしこにいて、ぽてぽて歩く姿は実にかわいいです。

また、たまに犬神家みたく水面に突き刺さっていることもあります。

あれは潜り損ねたのか、頭だけを水に入れているだけなのか、よく分からないのですがとりあえずかわいいです。

そんなかわいらしい方たちがすぐ側にいる、これもまた琵琶湖の魅力だなとしみじみします。

(撮影日時2021年1月30日)

岩間寺のお池

冬の庭に仏の輝き

白の中の金色はいつもより映えるようで、仏様の所にだけ温かみがあります。

そんな仏様の見つめる先にあるのが、凍える芭蕉の池です。

これは松尾芭蕉が、この池でかの有名な「古池や 蛙飛び込む 池の音」を詠んだと伝わることに由来します。

芭蕉がここまで来たかは分かりませんが、改めて考えるとこの寺は面白い位置にあるのです。

つまり、大津と宇治の境目辺りでどちらから見ても奥の奥という感じがします。

ただ、瀬田川という大動脈が近くを通っているので昔は違う印象だったかもしれません。

今は様々なことが変わり過ぎて中々に想像しがたいですが、実に興味をそそられます。

(撮影日時2018年1月14日)