湖国探遊記

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踊る埴輪や残虐な織田信長などの歴史を学ぶ上で厄介な強すぎる物語性

歴史について語ったり学んだりする時、得てして何らかの解釈をもってしまうのが人の性です。

つまり、広く流布している説や見方などの影響を受けていることが多いかと思います。

例えば左右の手を上げ下げしたひょうきんな埴輪は、踊っている様にも見えることから踊る埴輪と命名されました。

あるいは、比叡山焼き討ちなどの残虐な話の数々から織田信長は仏教を苛烈に弾圧したという説も有名でしょう。

 

しかし、そうした説の中には最早専門家の間では疑問視されているにもかかわらず、何年経ってもそのままに生き残っているものも多いのです。

先程の踊る埴輪は今では馬飼いの説が有力ですし、織田信長の残虐性も見直されています。

 

これ程までに情報社会が発展しても最新の学説は広まり難いのかとも少しは思ってしまいますが、仕方のないことでもあるのでしょう。

やはり、最新の学説だからといって必ずしも一般的に興味を引けるものではありません。

むしろ、一般的に広まるのは強い物語性があるかがより肝心です。

そのため、逆に信憑性がまだ高まってはいない最新の説でも、ここが強いと一気に取り上げられて巷を賑わしたりするのも見かけます。

 

というより、この物語性は専門家でも事実を見誤る原因となることが非常に多いのです。

よくできた歴史の物語は、それだけで強い説得力をもってしまいます。

 

ただ、この物語性が面白いから歴史を学んでいる面もあるので、そこが実に悩ましいです。

楽しみながら疑う、凝り固まった見方をしない為には十分に気をつける必要があります。