湖国探遊記

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様々な価値基準がある仏像の博物館で感じる評価の偏りとその克服

仏像の価値基準は、こういうものだというのがありそうでない悩ましいものです。

つまり様々な評価が出来るのですが、特に博物館ではそれなりに偏っているように思えます。

 

例えば博物館に展示していれば、その説明文に書かれていることはどうして作られたかや関連する出来事などが恐らくは多いでしょう。

要するにその仏像に関する歴史的な説明で、歴史的な価値を評価していると言えます。

 

あるいは、そうした説明よりも造形の美しさや作りの巧みさなどに関心を持っている人もいるかもしれません。

これは、仏像の美術的な価値を重視した見方だと考えられます。

もしかしたら、こちらの方に触れている博物館もあるでしょう。

 

そして、博物館で鑑賞しているとこの2つの見方に気づけば偏り過ぎてしまっているのです。

もちろん、これらの価値基準は重要で仏像にとって欠かせない観点だと思います。

 

一方で、もう1つ重要な価値である信仰文化としての面は忘れてしまいがちです。

地域でどの様にお祀りされているかや、それがある周辺環境との関係性など、これらは間違いなくその仏像にとって大事な個性を形作っています。

 

さらに、歴史的な価値が分からなかったり、美術的な価値が微妙だったりしても、その地域文化を語るには欠かせない存在なこともあるのです。

 

そのため、最近の博物館ではこうした価値をどうにかして伝えられないか模索しているそうです。

ただ、中々に難しいらしく考えてみればそりゃそうだと思います。

まさかお堂をそのまま持ってくる訳にもいきませんし、周辺環境の再現なんてまず不可能です。

それでも、一部でも表現できないか、例えばお香や声明、風景の映像など色々考えられています。

 

また、視覚以外の五感にも訴えられればより記憶に残る展示になるでしょう。

あるいは、歴史的や美術的な説明が苦手な人でもとっつきやすくなるかもしれません。

 

こうしたこともあるので、これからの博物館でどの様な展示がなされるのか実に楽しみです。